ぎんなん

銀杏BOYZでサポートした時のことを思い出したので記す。

恥ずかしい話ではあるが、2015年は全体的に、何事であろうと気持ちの落ち込みが激しかった時期だったので、記憶がいくらか欠如していた。それはヒトの防衛本能であるから仕方ないとして。
バンドは活休(のちに解散)してしまうし、菅原は新しいバンド始めてたし、好きだった子は魅惑的なくらい、自由で奔放であったし。とにかく齢23の僕には、他人と関わるのが得意ではなかった自分にとって刺激的であり、心が傷だらけになるには充分なできごとたちがたくさんあった。

そんななか、自分にとって首の皮一枚で肉体と精神を繋げてくれていたのが「銀杏BOYZでサポートした」という肩書きである。その「銀杏BOYZでサポートした」という事実も自分が成す労としては大変なことではあったのだが。
そもそもは夏にUK PROJECTから電話が来てサポートをすることになった。ただこの時点では「仮」であり、まだ確定した事ではなかった。1ヶ月くらいして、本番と聞いていた2週間前に僕で確定した。

なぜ電話が来たかというと
・ちょうど銀杏BOYZ側がギタリストを探していた
・「面白いギタリスト」として数名の方々が面識もないのに僕の名前を挙げてくれていた
・さよ今の時にお世話になった事務所の社長がUK PROJECTと仲が良かった

上記の理由であると思う。自分の周りで「たまたま」がいくつか重なったんだと思う。
そのころ週6とかでアルバイトをしていたので全然時間がなかった。でも菅原、佐伯、渋谷に自分の頑張りを露骨に表したうえで認めて欲しいという気持ちや、好きな子に頑張りを認めて欲しいとか、そういう気持ちで無理にやった。

この日、いろんな人が「お疲れ!」ってLINEしてくれました。みんなミーハーだなあと思いました。

峯田さんはゴイステ、銀杏ファンが望む通りの人物像であり、インタビューや著書にあるまま「そのまま」の人物であった。自分にとってよく知ったバンドではなかったので、好きな人たちに印象を聞いた。たくさん聞いた。
音楽を作っている人とその音楽を演奏する場合、必ず「その人が影響を受けた音楽」「好きな映画」を聞くのだが、その際教えてくれた音楽はザストーンローゼス、オアシス、フリッパーズギター。
フリッパーズギターに関しては教えてもらえたことを本当に感謝している。
映画や漫画は特にお好きだそうで、DVDなどは借りて見た。借りたのは「ファニーゲーム」。

峯田さんと接してみて個人的に思ったことがある。
・感覚的に、足の裏から、地面を介して周りの人の生気を吸い取ることができる人
・言葉ひとつひとつの力強さがえぐい(言葉に生き霊みたいなの乗せられるんだと思う)
・言葉の気力が強過ぎて不確定性のある事象を確定させることができる

上記の点、生まれ持ったものか生活の中で獲得したものなのかは知らないが、やろうと思ってできることではない。
彼が「カリスマ」と呼ばれる所以はこのへんにあるのではと思う。

練習中や本番は頑張っていたので記憶がほぼない。練習のたび、帰りはマネージャー様方が都内から千葉まで送ってくれた。帰り道の高速道路と街灯の灯りをぼんやり覚えているくらい。

これらの思い出はいまだに夢に出てくるので、自分の心がこの体験に尾を引き、しがみついているのではと思った。だからこうやって文章にして成仏させているつもり。あとで蝋燭つけて、お香炊いて、清酒でうがいをし、塩で足の裏揉もうかな。人間といえど、他人に与える影響力のレートがぶっ壊れている人もいるということを学んだのでした。